
チョイスホテルズジャパンTOP > チョイスホテルのブログ『Choice HoteLog』 > 幻の城!?前橋城
コンフォートホテル前橋2009/5/25
前橋市はすでにご存知のとおり、
いや全国的にかなり知名度が低いそうですが、
まちがいなく群馬県の県庁所在地です。
古くは「まやはし=厩橋」と呼ばれていましたが、
現在の「まえばし=前橋」に改められたのは
1649年頃、酒井忠清が城主であった頃と言われています。
前橋市街地の群馬県庁付近には前橋城址があり、
現在天守閣は残存しておりませんが
戦国時代には、厩橋城(=前橋城)が戦国大名の攻防の的となり、
激しい合戦があったそうです。
上杉謙信・武田信玄・織田信長・小田原北条氏など
いずれも歴史に名だたる武将が奪い合いました。
1767年に前橋城下の大火事により、前橋城は全焼し、
度重なる利根川の氾濫もあったことから
陣屋支配となり、廃城となりました。
江戸幕府は城の建築はもちろん、
増改築すらほとんど認めていなかったため
一旦、廃城となった城を再び復活させることはまずありえませんでしたが、
廃城から約100年後の幕末1863年、
江戸がアメリカやイギリスなど外国によって攻撃された場合
利根川を使って逃げ延び、
前橋城を江戸城に代わる要塞とする案が浮上しました。
生糸景気で豊富な資金もあったこの地に
再び前橋城再築城が幕府より認可されたのです。
1867年、前橋城はついに甦り、
当時の技術の粋を結集した近代要塞に仕上がりました。
似たような城郭では、函館の五稜郭が挙げられます。
しかし完成の翌年1868年、江戸幕府が倒れ、世は明治維新となり、
明治新政府はこの強靭な要塞を危険視し、放ってはおきませんでした。
本丸御殿を除き、全国の城の中でも真っ先に取り壊しを命じたのです。
再築城からわずか4年という短い期間で本領を発揮できぬまま、
前橋城は取り壊され、まさに幻となってしまったのです。
現在、前橋城址の敷地内には群馬県庁が建てられ、
32階の展望ホールからは前橋城があった広大なエリアを一望できます。
前橋駅北口から市内循環のマイバスに乗ればワンコイン100円で県庁へ到着です。
波乱の歴史に思いを馳せながら、城址を巡ってみてはいかがですか?
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